ハルモニが守る1日限定16本、300年の伝統を誇る幻の酒
アンニョンハセヨ、ナビです。少し個人的な話をします。ごく個人的な意見です。ナビは今まで韓国にはおいしい酒はないと思っていました。確かに韓国で飲む焼酎はうまいです。激辛のチゲをつつきながら、あるいは炭火で焼いた肉を食べながら、小さなグラスでぐいっと飲む韓国の焼酎はうまいです。しかしそれは酒そのものの完成度と質を問ううまさではありません。仲間とわいわいやりながら、盛りあがって飲むうまさ。味ではなく雰囲気の魅力を問う酒です。純粋に味だけを楽しむ酒はないと思っていました。が、それは大いなる間違いでした。慶州市校洞(キョドン)にて、衝撃の体験をしてきました。
校洞法酒(キョドンポプチュ)
慶尚北道慶州市校洞に住む崔家が代々伝えてきた法酒。1985年11月1日、重要無形文化財第86号に指定される。現在の技能保有者は?永信(ペヨンシン)氏。1日の生産量はわずか16本(900ミリ)に過ぎず、販売も蔵元に限定されている。価格は1本32000ウォン。中身は同じで桐箱に入ったものが1本35000ウォン。
永信ハルモニに訊く
数日ぶりに暖かさを取り戻した11月のある日。校洞法酒の蔵元を訪れたナビをにこやかな笑顔で迎えてくれたのは、今年で86歳という?永信ハルモニでした。永信ハルモニは縁側に座り庭を眺めながら、2時間半もの時間をかけて、校洞法酒について丁寧に説明してくださいました。(ハルモニは韓国語でおばあさんの意)
「この家は今年で362歳になります。」
永信ハルモニは家のことから語り始めました。流暢な日本語、丁寧な言葉使い、そしてやさしい語り口でした。
「最初南山(ナムサン)のあたりに住んでいた崔家が、この地域に越してきたのは今から240年前になります。それ以来ずっとこの地で暮らしてきました。崔家はもともと宮中にて飲食を担当する官職にありました。崔家が酒を造り始めたのは今から9代前のことです。」
9代前とは朝鮮王朝、肅宗(スッチョン)の時代。肅宗の在位は1674~1720年なので校洞法酒は約300年もの歴史を誇ることになります。
「崔家が造るお酒はお客様をもてなすためのお酒です。この地を訪れる過客に対し、一晩の宿と食事を提供しお酒でもてなしました。」
崔家に伝わる家訓
崔家はこの地方の富農でした。この家の周辺8里までが崔家の土地だったといいます。地方の実力者として周辺地域の信頼を集めていたのが崔家でした。
「『徳をもって皆に施せ』というのが崔家の家訓です。周辺8里までの人が幸せに暮らせなければならない。飢え死にする人が出たらそれは崔家の責任なんです。そう先祖からずっと伝えられてきました。わたしたちはその教えを守っているだけです。」
農業を営んでいれば豊年もあれば凶年もある。その凶年に倉庫を開け放ち崔家は人々に食料を配ったといいます。
「お酒を造るということも一緒です。私は政府から重要無形文化財の技能保有者に認定されました。ですがそれは私の力ではありません。私は崔家から教えられたことをそのまましているだけです。校洞法酒には崔家の家風が込められています。偉いのは崔家であって私ではありません。」
ナビは取材にうかがう前にひとつの情報を得ていました。校洞法酒が重要無形文化財に指定されたのは1985年。しかしこの時の酒はアルコール度数で19度を越え、国税庁の指定する穀酒許容規定度数である11~16度を越えていました。その校洞法酒を15度前後のアルコール度数まで下げる工夫をし、製造許可を得たのは?永信ハルモニです。300年という長い歴史を持つ校洞法酒ですが、この現代で生き残らせるために力を注いだのは間違いなくハルモニなのです。
校洞法酒の製造について
「校洞法酒はもち米を使用しています。普通のお米と違ってもち米を使うから贅沢なお酒なんです。それに昔の伝統的な製法で作った小麦の麹を加えて醸造をします。」
「水が大事だと聞きましたが……。」
「水はウチの井戸水を使っています。でも最近調べてもらったら昔よりは少しずつ汚れてきているんですって。新しい水を探していますが、それもなかなか。仕方なくここの井戸水を使っています。」
校洞法酒に使う井戸の横にはクコの木が1本生えています。このクコの木の根が井戸の中にさし込み、霊的な薬用効果を与えていると伝えられるています。ハルモニは昔よりはとおっしゃいましたが、それでもここの水はまだまだきれいなもの。校洞法酒の味はこの家の井戸水の味でもあります。
校洞法酒といっしょに食べるものは
話をうかがっているところへ、お膳に乗せられた校洞法酒が運ばれてきました。法酒のほかにいくつか副菜も添えられています。
右上の大きな皿にはタシッ(栗などの粉を蜂蜜と練った菓子)、ヤックァ(小麦粉に蜂蜜や砂糖を加えて練り油で揚げた菓子)、コッカムサム(干柿にクルミを詰め輪切りにしたもの)。手前はサンオトンベギ(サメの肉をぶつ切りにして干したもの)。左はユッポ(干肉)とミョンテポ(干ダラ)。奥は白菜キムチになります。
サンオトンベギは慶尚北道の祭祀料理として欠かせないもの。特別な日以外はまず食べることができない高級料理として知られます。
「キムチは普通の白菜キムチです。本当は粉の唐辛子でなく千切りにした唐辛子とイシモ チを入れて作ります。それが崔家の本当のキムチなのですが、今は季節でないので作れません。」
崔家のキムチはサヨンジといって、校洞法酒とともに全国にその名が轟く有名なもの。崔家はキムチひとつとっても頑なに歴史を守りつづけてきた家なのです。
そして校洞法酒の味
ハルモニが真鍮の器に校洞法酒を注いでくれました。透明感のある黄金色。年代を経た白ワインのような色です。すすめられるままに一口飲んでみました。口の中に広がるとろりとコクのある甘さ。甘さがすべり落ちていくと同時に、口中の味蕾が揺り起こされました。
衝撃でした。
見ると真鍮の器に水滴がミルククラウンのように残っています。ワインの熟成度を試すときにグラスの内壁を濡らして確かめるように、本当に上質のワインにしか見られない「ワインの足」が校洞法酒にもありました。器の内部をゆっくりと伝い落ちていきます。
「濃いからね。」
ハルモニが一言いいました。確かに濃い。深い深いうまさでした。どちらかというと日本酒の古酒に通ずる味があるかもしれません。生酒であるにもかかわらず、熟成された味がしました。
進化を続ける校洞法酒
校洞法酒の賞味期限はわずか15日しかありません。防腐剤などを入れず、熱処理を行わない生酒であるため長く保存することはできません。冷蔵庫内で大切に保管すれば2ヶ月は大丈夫ということでしたが、ラベルに記された表向きの表示は15日となっています。
「いま長期保存をする方法を試しています。2年半まで大切に保存することができたら後は長く持つんです。黄色だったお酒の色もきれいな赤色に変わります。まだ実験中ですけどね。たぶん完成するより前にお迎えが来てしまうでしょう。」
ハルモニはそういって笑いました。すでに醸造の中心はご子息と奥さまに移っています。お孫さんも現在は大学を休学して醸造の勉強をされているそうです。段々無理のきかない年齢になってきているのも事実でしょう。ですがナビは信じています。校洞法酒のアルコール度数を下げ、伝統に新たなる生命を吹き込んだハルモニならきっと次世代の校洞法酒をも完成させてくれると信じています。保存性のある新しい校洞法酒。完成の暁には真っ先に駆けつけたいと思います。
韓国にうまい酒はありました。慶州市校洞にその酒はありました。300年の歴史を86歳のハルモニが受け継いだ校洞法酒。そしてなおも進化を続ける酒。この酒を飲まずに韓国の酒は語れません。以上、ナビでした。